2014年10月7日火曜日


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「教えていただけないでしょうか」


平日の午後22時過ぎ。仕事がなかなか終わらずダラダラと作業をする私と彼の教育担当だけが残っているオフィス。席は隣同士で、彼女はこっちの仕事が終わるのをじっと座って待っている。待っている間暇なのだろう、ネットサーフィンをして暇つぶしをしているようだ。年齢は20代後半ということだけは知っているが、それ以上のことは聞けないし、聞く気もない。女性には年齢と体重と好きなタイプは聞かないという信条は、小学生の頃から植え付けられていた。


「メールに書いていなかったかな? 君にもCc:で届いてるはずなんだけど」


ネットサーフィンを続けながら、こっちを一瞥もせずに、投げやり気味な態度で応答してくる。画面をちらっと見ると、ヤフー映画のレビューサイトを見ているようだ。よっぽど今日は早く家に帰りたかったのだろうか、目先の給与補助に飛びついて教育担当になったことを少なからず後悔している様子である。


「あなたが知っている情報を全部知りたいのです」
「なんで私に聞くの?」


仕事をする上で出来ないというのは、知っているけど出来ないことと知らないから出来ないことの2パターンあるんだろう、と思う。知っているけど出来ないことは、それは自分の問題で、数をこなして慣れていくかコツかテクニックみたいなもので乗り越えていくしかない。けど、知らないから出来ないことっていうのは、ちょっと複雑で、自分自身ではどうにも解決することが出来ない。知らないものは、不透明で、それを出来るようになれというのは、山頂がどこにあるかわからないまま登山を開始するようなものだ。


「メールでの情報ではなくて、生身の、新鮮な情報に触れたいのです」


人は脳みそで情報を整理しているんだと髪がぐちゃぐちゃパーマの東大の教授が言っていたことを思い出す。必要なものと不要なものを切り分けて、脳から無駄を省いていく。ということは、つまり、その領域に長年携わっていた人からの情報というものは価値があって、必要だと判断され残されてきた、洗練されたものなのだろうと思ったのだ。メールでの情報は簡素過ぎる。混じり気のない文字のみでのやり取りは誤解が生まれやすいのは、そのせいなんだ。


「もっと自分に関わっている仕事に愛情を持ちたいのです」


自分たち以外にもまだ社員が残っていたらしい。 タイムカードを切るために男女の二人組みが入り口付近に置いてあるタイムレコーダーに退勤の時間を刻んでいる。同じプロジェクトで仲良くなったのだろうか、親密な雰囲気を醸し出している。お疲れ様です、と自分たちに声を掛け、にこやかにオフィスから出て行った。


「僕たちももう帰りませんか?」


でもその声は、イヤフォンを耳にあてながらネットサーフィン中の彼女には何一つ届いていなかった。

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